読む政治:自民党を叱った河野洋平・元総裁 政治不信解消へ「最大限の反省」を
「失われた30年」と言われるニッポン。社会に横たわる難題はなぜ解決されないのか。毎日新聞の調査報道がその本質に深く迫ります。
「もう年だからあんまりこういうことには積極的に関わってきていないんだけれども……。ただ、このことはとても大事な申し出だからお引き受けしました」
25年1月、米寿を迎えた自民党の河野洋平・元総裁(当時88歳)は、こう切り出すと「政治とカネ」の問題を引きずる政界に対し、約1時間にわたって警鐘を鳴らし続けた。
自民に足りない「反省」や選挙制度改革の失敗、そして大連立……。26年6月に死去した河野氏は生前、何を語っていたのか。当時のインタビューを再掲します。【聞き手・樋口淳也】
――自民党総裁として、政治資金や選挙制度の改革について細川護熙首相(当時)と合意を交わした約30年前の「平成の政治改革」について教えてください。
◆まず分かってほしいのは、私は自民党に立派な与党、立派な政権党になってほしいと思っているんです。反省がなければ、立派な政権党にはなれません。
政治は信頼できない、とりわけ自民党政権が信頼できないと今あなた(記者)は思っておられると思うんですが、「平成の政治改革」と言われた頃は、この程度の状況じゃないんですよ。国民はもっと「ふざけるな」と怒って政治を見ていました。
ロッキード事件(1976年発覚)、リクルート事件(88年発覚)という政治資金にまつわるスキャンダルが繰り返され、中央だけでなく地方の政治にまで広がりました。もう政治を信用できないとみんなが思うようになり、それが大きなうねりになりました。
私はその時、政治の中枢にいて、政治が信頼を取り戻さなければ、何をやっても国民からは信用されないし、思うように政策も実行できない、だからどうしても政治改革をやらなきゃだめだと思ったんです。
しかし、リクルート事件に続き、次々と「政治とカネ」にまつわる事件が起きました。政策立案者である与党が企業から巨額のお金をもらっていれば、その政策には信用がおけない、と思われます。やはり、このままではだめだと思いました。
竹下登内閣は消費税導入(89年)という大事業をやりましたが、リクルート事件への対応で信頼を失いました。宇野宗佑内閣、海部俊樹内閣と続きましたが、いずれも政治改革を進められずに終わってしまいました。
そして91年に宮沢喜一内閣ができたんです。当時はいよいよ本格的な政権ができ、何かできるはずだと思われたんです。宮沢さんは国際政治や国際経済の第一人者でしたから、宮沢さんが出てきたことで日本の国際的地位は上がるだろうと思っていたんで…
📌 Kaynak
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