カッパの姿は「だいたい同じ」第30回手塚治虫文化賞の受賞スピーチ

📌 Diğer 📰 Asahi Shimbun (JP) 🕐 3 saat önce

11日に東京都内であった第30回手塚治虫文化賞(朝日新聞社主催)の贈呈式では、マンガ大賞の児島青さんら受賞者が登壇。短編賞のかわじろうさんは、カッパのかぶり物で登場し、観客の笑いを誘った。受賞者のスピーチ概要は以下の通り。

幼少期から1人で絵を描いたり本を読んだりすることが何より好きで、思い返すと、家族にも友達にも誰にも立ち入らせない自分だけの箱庭の中で遊びながら、気づけば大人になっていたような人間です。ほんの数年前までは自分の描いたマンガがその箱庭の外に出るなんてことは想像すらしませんでした。

コロナ禍で生活の足元が揺らいできた時に、現在の担当編集さんに声をかけていただいたのをきっかけに、マンガでご飯を食べていくという道が自分も選べるのかもしれないと気づきました。

自分だけの小さな箱庭の外海につながるドアを編集さんが開けてくれると、やがてそのドアから読者の方々が見物に来てくれるようになって、その先に今回の受賞という大きな驚きがありました。

手塚先生のお名前というのは、今、日本でマンガを描いているほとんどの人間にとって意識するしないに関わらず、必ず家系図の何代か前にある共通の祖先のようなお名前だと思っています。もちろん私にとっても例外ではありませんが、あまりにはるかな存在で、よもやこのような形でご縁をいただく日が訪れようとは夢にも思いませんでした。

自分でいいのかという思いはこの期に及んでもまだ拭い切れませんが、こうなった以上できることといえば、もうただ描くことしかないんだというすがすがしい諦観(ていかん)のようなものもまた覚えております。

これからも臆することなく目の前の原稿と格闘していこうと思っております。贈呈式に先立って紙面に載せるコメントを求められた時に、読者の皆さん、全国の古本屋さん、書店員さんと一緒に頂いた賞だと思っていますと申し上げましたので、今回頂いた賞金は本屋さんで本を買って還元したいと思っております。けれど、本屋さんは決して本を買うだけの場所ではありません。

出会いがあり、冒険があり、喜びがあり、悲しみがあり、どうしたらいいか分からない時の避難所でもあります。本を買う当てがなくても行っていいんです。むしろ当てもなく本屋さんに行けるというのが一番幸せなことではないでしょうか。

翌月サイン会を香川県でした時に先生が来てくださって、ごあいさつする機会がありました。その直後に先生が手塚治虫文化賞の短編賞をお取りになって、「すごい」と思っていたら、まさか1年後に自分が同じ賞の新生賞をいただけるとは夢にも思っていませんでした。これは先生のご利益があったに違いないと思っておりまして、毎日拝もうと思っております。

(サイン会の時)榎本先生は瀬戸大橋を渡ってこられ、「瀬戸大橋を見ると人間ってすごいんだって思うんです」とおっしゃっていました。瀬戸大橋のでっかい橋脚の一つが与島という島に足を下ろしています。人口が65人ぐらいと過疎が進んでいるその島に、去年の夏に盆踊りを見に行きました。

廃校の校庭に小さくやぐらを組んで、その上で年配の方々が順番にマイクを回して歌います。その周りを島の人々がゆったりと古風な踊りを踊るんですけど、そこでは1年以内に亡くなった方のご家族、ご親族の方が遺灰を白い布に包んでけさ掛けにして背負って踊る。私は初めて見た形の盆踊りで、その光景がすごくローカルでつつましやかな営みでした。

盆踊りの風景の向こう側に、巨大な夜の瀬戸大橋が黒々とズドンと鎮座していて、その上を光る電車や車がどんどん通り過ぎていく。それがどこかちょっと暴力的だったりシュールだったり、でもちょっと美しくもあるような風景で怪獣映画みたいだなって思ったりして。

そこで榎本先生の言葉を思い出しました。「人間ってすごい」という言葉は、「こんな巨大なものを造ってしまう人間ってすごい」という意味もありますし、踏みつぶされそうに感じるほど巨大なものの足元で日々の暮らしを続けて、毎年死者を弔って昔から変わらない営みを人間はそれでも続けている部分もすごいなと思いました。自分も瀬戸大橋を何回も使っていて、当たり前に受容している。足元にまた違う誰かの小さい生活があるかもしれないってことを意識せずに暮らしているんだなとその時に思いまして……。

それは連載が終わった後に見た風景だったんですけど、「怪獣を解剖する」というマンガはこういうことも言っているマンガだったのかなとすごく思いました。

作品を描きながら、ずっと怪獣って何だろうって考えていたんですけれども、今回何をしゃべるかを考える中で、榎本先生の言葉や(瀬戸大橋の)風景を思い出して、改めていろいろと気づくことができました。

作品を読んでくださった方がふとした瞬間にこのマンガのことを思い出し、いろんなことに思いを巡らせてもらえたらうれしいなと思っております。

明日発売の「コミックビーム」から新連載が始まります。モチーフは怪獣と同じぐらい古風な幽霊ですけど、次は「幽霊って何だろう」ということを私なりに描いていけたらいいなと思っております。

この度は栄えある場に、このようなふざけた格好で出てきてしまって申し訳ありません。だいたい同じだと思って見ていただければ幸いです。

家にあった手塚先生などのマンガに囲まれながら育ち、小さな頃「マンガ家になりたい」と思うようになりました。ですが、その後大人になるにつれて、だんだん何を描いたらいいかわからなくなって、しばらく描かないでいました。今思い返すと、それまで読んできたマンガのようにすごく面白くて、すごく大きなテーマがあって……と意識しすぎていたんだと思います。

そこで毎月短編を描いては人に見せていくうちに、マンガというのは何かすごいものを描くのではなく、そもそも自分が表現したいと思ったことが読んだ人に伝わるということ自体で、面白いんじゃないかと思うようになりました。そこからマンガを描けるようになりました。

今回の短編集も一つ一つはすごく小さな心の動きや、僕の個人的な記憶が描いてあります。ささいなことまで伝えられるというマンガが持っている表現としての奥行きの深さに魅了されながら、この作品を作りました。

いつも自分がマ

📌 Kaynak

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