天皇、皇后両陛下、オランダ戦没者記念碑に供花 抑留者の消えぬ痛み
オランダを国賓として訪問中の天皇、皇后両陛下は17日、首都アムステルダム中心部の「ダム広場」での歓迎式典の後、広場に立つ戦没者記念碑への供花に臨んだ。両陛下は記念碑に向けて歩を進め、花輪が捧げられた献花台の前で約1分半にわたり、黙禱(もくとう)を捧げた。 記念碑前ではオランダの戦没者追悼の日である5月4日に合わせ、式典が毎年行われる。上皇ご夫妻(当時は天皇、皇后両陛下)も2000年の公式訪問時に花輪を捧げた。 第2次世界大戦で、日本はオランダ領だったインドネシアを占領し、両国は敵対した。オランダ政府によると、軍人約4万人が捕虜となり、約9万人の民間人が抑留され、計約2万4千人が死亡したとされる。 戦後、両国政府は補償問題はサンフランシスコ平和条約などにより「解決済み」との立場をとったが、民間では補償問題がくすぶり、1971年に昭和天皇がオランダを訪問した際は、自動車に魔法瓶が投げつけられ、フロントガラスに亀裂が入った。平成に上皇ご夫妻が公式訪問した際は、当時のベアトリックス女王が抑留者団体と対話の機会を持ち、理解を求めた。 オランダにとって、アジア・太平洋戦争の記憶が消えることはありません。昭和天皇の命令よって始められた戦争です。だからこそ、オランダ人の犠牲は、天皇のせいであると考える人々も多かったと思われます。 昭和天皇はそれゆえ、1971年にオランダを訪
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