みんなの高校野球:中米で野球普及経験 甲子園で宣誓担った元球児、母校で再出発

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京都・福知山成美高男子硬式野球部でコーチを務める椎葉一勲(かずひろ)さん(36)は2024年8月に国際協力機構(JICA)の海外協力隊員としてベリーズに派遣された。

椎葉さんは大学院卒業後に約10年間、中学、高校で国語の教員を務め、充実した日々を送っていた。だが次第に、胸の奥にしまっていた思いが顔を出し始め、協力隊員を希望した。

日本から1万キロ以上離れた地で出会った子どもたちは凸凹のグラウンドで裸足になって、ボロボロのボールを投げ合っていた。その瞳は輝き、喜びに満ちていた。

かつての首都ベリーズシティーに派遣されて以降、普及活動として小学校や少年院、児童養護施設を回り、1カ月がたった頃に空き地で彼らと出会った。

周辺には民家が並び、近くで車も走っている。思い切りバッティングをすることはできない。基本的なボールの投げ方を中心に教えた。

一方、野球に関してはチームすら存在しなかった。ただ、インターネットの普及により米大リーグの映像を見る機会が増えたことで、少しずつ興味を持つ人が増えていった。

活動期間も残りわずかとなった今年2月には練習の成果を発揮する場を作ろうと国内大会を開いた。4チームが出場し、DJが登場して飲食の屋台も並ぶにぎやかな雰囲気で大会は盛り上がった。

「何か聞かれたら答えますが、押しつけることはしません。考える力を養ってほしいです。それが、高校3年間とベリーズで学んだ僕のアプローチの仕方です」

当時は3学年で部員120人を超える大所帯。レギュラーをつかむのはたやすいことではなかった。公式戦はスタンドで仲間を応援し続けた。

忘れもしないのが3年春の練習試合。バスター打法で1試合で2本塁打を放った。仲間から慕われる人間性も評価され、春の大会で初めて公式戦メンバーに入った。

挫折を乗り越えたからこそ、さまざまな立場の仲間の思いも理解できた。バラバラになりかけたチームを一つにまとめ、最後の夏は圧倒的な力で京都大会を制し甲子園に出場した。

第90回記念大会で務めた選手宣誓では家族、仲間、先生らに対して感謝の言葉を述べ、「高校野球のすばらしさを伝えることを誓います」と思いを込めた。

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